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こうしてくれればもっと良かったと思う点

私が英語を習い始めたのはもう20年以上も前のことで、今なら多くの人が知っていることでも当時はあまり知られていないことなども多くありました。



今になって言語習得に関する色々なことがわかってはきたものの、まだまだ奥が深いテーマであることは間違いありません。



5才から高3までの十年間を振り返り、こうすればもっと良かったという点について述べたいと思います。



まず、英語は手段であり、大切なのは私自身が何を考えているかということなんだと感じる機会が少なかったように思います。

英語というと「学校で習う科目」という意識の方が次第に強くなり、何のために英語を勉強するのかという目的意識が希薄でした。

英語をマスターすること自体を目的にしていて、「英語が出来る人はすごい」と思っていました。

本当はそんなことありませんよね。英語をマスターした経緯は確かにすごいと思いますが、大切なのは中身です。

どんなにすばらしい英語が話せたからといって悪いことをする人を尊敬できません。



もうひとつ、やっておけばよかったことに「読書」があります。英語の読書ではなく、日本語の読書です。

当時は親からも「英語、英語」と言われ、本来なら英語をマスターして世界を広げるのが目的のはずなのに逆に世界を狭めていました。

英語の実力を上げようとするあまり、基礎の母語が大事だということに気がついてなかったのです。

高校時代は模試の偏差値を上げようと必死になって問題集をやっていましたが、思ったようには上がらず・・・(それでも成績は良かったが)。

弱点を把握したり、苦手な長文を理解するには論理的に考える能力が必要です。

論理力を鍛えるに母語の能力を鍛えることが必要です。

また、読書をやっておけばよかったというもうひとつの理由は「自分以外の人の考えを学ぶことが出来る」からです。



学生時代に付き合う人というのは大体友人が中心で、全く違う考えの大人と話す機会なども少ないと思います。

そういう機会の少なかった私にとって、本を読んで他人の考えを知ることはやっておくべきことだったのではないかと思います。



最後に、何をどのくらいやったらどういう成果がでるというデータを得たかったです。

当時は英会話教室に通ったら数ヶ月で話せるようになるのだと信じている人もいましたし、今では英語をマスターするには何千時間ものトレーニングが必要だと知られていますが、そういう具体的なデータを得る機会がなかったので、先の自分がどうなっているのかイメージすることが難しかったです。



今では何が効果的なのかがネットを調べればすぐにわかりますし、無駄な勉強をしないで効率の良い学習法や教材も豊富にあります。



まあいくら効率的にやっても数千時間はかかってしまうのですが、無駄な勉強に数百時間も費やして結局使えないままなんてこともあるので、具体的なデータ、方法を知っていると目標達成後の自分がイメージしやすく、学習を続けやすいと思います。

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